チャイとカレーのお店ぷーら


前向きのニューカマーは地域の起爆剤



 妙蓮寺の万葉粥の宴に出演したばっかりに、西陣に足を踏み入れて、そのまま西陣のとりこになったミュージシャンたちがいる。演奏の帰りに、町家のお店でくつろいだのが契機になった。彼らは、自分たちで西陣の町を歩き、気に入った町家を探してきた。その一つに今も暮らしている。
世間は狭いと言おうか、京都は狭いもので、持ち主が西陣の織り元だったため、知人の織り元を通じて話はとんとん拍子に進んだ。
玄関から奥へ進む通り庭があって、裏の土間に機織り機を設置する空間がある。通り庭の右側には、表の間、奥の間が続き、二階への階段は、奥の間の押し入れに隠れている典型的な西陣の職住一体型住宅だ。
表からは、ここがチャイとカレーのお店だとは、わかりにくい。ここは、水木金土の四日間しか開けていない。夏は暑いからという理由で夕方から、冬は寒いからちょっとお休みというような具合だ。
お金は、あったほうがいいかもしれないけれど、時間的にゆっくり暮らすことができればいい。そんな店主の気持ちが込められた空間は、魔法の舞台にもなる。
毎月といっていいほど、ここでは催しがある。コンサートや手仕事雑貨の展示販売など、本当に、ほのぼのとした、ささやかな催しだ。わたしも隔月ぐらいには、参加するようにしている。自分が万葉粥の宴をやっていた当時のことを思い浮かべながら、主催するほうは大変だが、いろんな人との出会いを演出できるのはすばらしいことだと思う。
こういう風に、西陣では、入ってきたニューカマー(新参者ともいう)が、それぞれ核になって、輪を広げてくれるようになった。一人がすべてを背負って、なにか町おこし的なことをしなければならないというような悲壮感はないし、求心的な存在であり続ける必要もない。
行政や地域によって、町おこしや地域の活性化のために誘致されたわけではないから、何かをしなければならないという強迫観念もない。
それぞれが、なんの制約も受けず、自分の夢を実現するために、がんばっている姿が見えるのもうれしい。
そういう生き方がメディアに登場するようになって、「わたしも入りたい」と直接、彼らの家を訪れる人が後を絶たない。最初は、対応できるのだが、毎日、何組も来られると、制作もおちおちしていられなくなる。そこで、ITを活用した情報の発信と取材の窓口を集約するという意味もあって、町家倶楽部ネットワークができることとなる。
人と人とのふれあいコミュニケーションとホームページによる発信というITによるコミュニケーションが最大限両立しているのが、町家倶楽部ネットワークといえるかもしれない。
ここに住むのが好きだから、ここが楽しいから、町内会や地域社会とつき合いをする。かといって、言いなりではない。前向きのニューカマーは、地域社会にとっての起爆剤ともなる。新しい血を導入するというのは、こういうことを言うのだろう。