マンション取りやめ計画


完成前が一番充実



 私の町内にも空き町家があった。何年も空き家のまま放置されていたのだが、自分が有効活用を始めるまでは、不思議なものだが、目の前にあっても気がつかなかった。毎日見上げる信号機の赤色が左側か右側か分からないのと同様、目に入っていても、意識的に見ることがないと、見過ごしてしまうものだ。
この町家もそうで、大家さんに話を持っていった時には、既にワンルームマンションを建設するために設計図まで出来ていたのである。大袈裟(ルビ・げさ)だが、間一髪だったのだ。
大家さんは、このままでは誰も借り手がないだろうということで、マンションに建て替えることを計画していたのだ。相続税などの関係で「借金をしているほうがいいんだ」とか、いろんな土地活用のプランを持ってくる企業は多い。しかし、20年近いローンを組んで、返済を完了した時期にメンテナンスが回ってきて、入居者も新しいマンションに入るので空き部屋が目立つということになりかねない。大家さんにはローンが残る。
 また、町家や空き家を貸す場合、宅建業者に頼むのが普通だ。宅建業者は法律行為をするので、その物件が登記されているかどうか、上下水道が傷んでいないかとか、詳細に調査して、欠陥個所を整備するように大家さんに進言する。そのため、古い家屋を貸す場合、初期投資に300万円から500万円ぐらいかかってしまう。そこまでして貸す気にはならないのが普通だ。
町家倶楽部ネットワークは、登記されていなくても現実にある物件なら、それをそのまま貸してみてはいかがですか?とアドバイスする。大家さんは修理の必要がなく現状で貸せる。賃貸借トラブルは、通常のマンション契約のような近代的な内容にすることによって回避でき、何よりも大家さんが気に入った人を選ぶことができるのである。
誤解してもらうと困るのだが、私たちは宅建業者を批判しているわけではない。不動産物件は本来、宅建業者がいう通りのことが正当な取引なのである。私たちは、不動産物件として貸すことができない隙間を埋めているといったほうがいい。あるいは、空き町家や空き工場、人が入らなくなった学生アパートなどをアイデアで蘇(ルビ・よみがえ)らせる企画やプロデュースをするところといってもいい。
近所の町家は、マンション計画を撤回して、お店と住居になった。彼いわく、「自分で修理している時が一番充実していたような気がする」。この言葉こそ、ものづくりをするアーティストたちの本音だ。彼らは、時には空間アーティストであり、建築家であり、画家であったりするのだ。そして、そこでアーティスティックな生き方をする。一般の人にとっては、その生き方が不可解である。謎に包まれたニューカマーの生き方が、周囲に及ぼす波及効果は計り知れないものがある。
そして「アーティスト」という部類の人間が、自分たちと変わらぬ普通の生活をして、普通のモノの考え方をしていることを知り、親近感を持つことが、とても大事なことなのである。