空き工場の有効利用「西陣ファクトリーガーデン」


種は蒔かれた 育てるのは人



 ここはネクタイ工場の跡地だ。西陣織りといえば、和装小物や着物を織っていると思っている人が多いが、劇場のどんちょう緞帳からじゅうたん絨毯まで、さまざまなジャンルのものを織っている。ネクタイも、その代表的な織物のひとつである。これこそ、日本人の服装が洋装になるほど売れるはずの商品だが、それでも工場が縮小されているのが現状だ。
私の父なんかは、外出する時は、必ずネクタイを締めて、背広を着用していたものだ。帽子までかぶっていた。いったいどこへ行くのかと思ったら、夏の暑い日にわざわざ、文具を買うためだけにふーふー言いながら、炎天下を歩いていたり。大正や昭和初期生まれの人にとっては、背広にネクタイは外出用正装だったのだ。
わたしも小さい頃、誕生日や入学式には、よそ行きの服を着せてもらって、写真館で記念写真を写したものだ。家族で買い物に行くときには、よそ行きの服装をして、必ず大丸に行って買い物し、映画館に行って「ゴジラ」や「若大将シリーズ」を観て、スター食堂で夕食をとるというパターンが特別な日だったことを覚えている。あの懐かしい映画館はすっかり変わってしまったし、スター食堂もあの場所にはなくなってしまったし、大丸だけが同じ位置に存在している。
懐古主義といってしまえばそれまでだが、あの座り心地の悪い昔ながらの映画館が一つぐらい残っていてもいいのではないかと思えてしかたがない。自主制作映画や懐かしの名画は、ああいうところで観たいものだ。
西陣の千本今出川交差点西に「静香」というレトロな喫茶店がある。そこへ行くと、なんとなく、お客のいないスター食堂みたいで懐かしい感じがする。
話はそれてしまったが、西陣では、ネクタイ工場をはじめ、多くが空き工場となっている。ただ前にも述べたように、それほど規模が大きくはない。せいぜい50坪程度の大きさだ。そこを演劇や照明アーティストたちのグループがギャラリー兼事務所として利用しだした。西陣ファクトリーガーデンは、そんな有効利用の一つだ。演劇の練習場になったり、音や光に注目したイベント会場になったり、グラフィックデザインのギャラリーになったりもする。多目的ホールといったら語弊があるが、舞台と楽屋が一緒になったような、味のある空間へと変身したのだ。代表は、岩村源太。山海塾の照明を手がける照明アーティストだ。彼を中心に、いろんなジャンルのアーティストが集いだした。
わたしたちは、完成した芸術ではなく、これから芽吹いてゆくという意味でシード(種)という言葉をよく使う。まさに、ここ西陣ファクトリーガーデンも、そのような場として機能している。将来これらの種が芽吹き、大きく成長することを期待しよう。現代アートは、伝統芸術や伝統文化と違い、なかなか世の中に認められない。それゆえ、飯を食っていけない。本来、芸術というものは、そういう現実と理想の狭間で葛藤する生き方そのものなのかもしれない。